大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和52年(う)30号 判決 1977年10月25日

控訴人 被告人

被告人 小田桐政吉

検察官 小林久義

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人安田忠提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

控訴趣意第一点(憲法違反の主張)について

一、所論の要旨は次のとおりである。

(一)、原判決は、昭和四九年三月三日に施行された五所川原市農業共済組合の総代選挙に際し、第六区投票所の投票管理者であつた被告人において、単独あるいは原審相被告人石岡長太郎又は同山口昭六と共謀のうえ、その保管の投票用紙に候補者三名の氏名を勝手に記載して偽造した投票用紙合計二七枚を同第六区の投票所で投票箱に投函した事実及び投票管理者として投票録を作成するに際し、前記各偽造投票を有効な投票の如くみせるため、内容虚偽の投票録を作成のうえ、これを開票所で同組合に提出した各事実を認定し、前者は、旧刑法二三五条に定める加重的投票偽造罪に、後者は、旧刑法二三六条に定める報告者の詐偽行為に各該当するとして、被告人を有罪とした。

(二)、しかし、旧刑法の右各規定は、次の二点からみて違憲のそしりを免れない。

1. 実質的理由

旧刑法は、明治一三年太政官布告第三六号により制定公布されたもので、その制定については、何ら民意にもとづかないものである。元来、旧刑法の公選に関する罪は、明治一一年の府県会規則同一三年の区町村会法に選挙に関する罰則規定のなかつたことから、これを補うものとして制定されたものであるが、明治二二年に衆議院議員の選挙法が制定され、大正一五年に市制、町村制、府県制にも選挙に関する罰則が設けられて、これらの罪は徐々に旧刑法から離れ、昭和二五年に民主的かつ合理的な法制として、選挙に関する一切の罰則を集約大成する現行の公職選挙法が制定されるに至つた。したがつて、旧刑法の公選の罪はその存在価値がなくなり、国民一般の意識から離れて、その存在すら誰れも知らない法律と化したのであつて、刑法施行法によりその形式的有効性が認められている如くであるが、すでに実質的に効力を失つた旧刑法の公選に関する規定を、現行の公職選挙法の適用あるいは準用のない選挙に適用することは時代錯誤も甚だしいといわねばならない。

2. 形式的理由

旧刑法の公選の罪は、刑法施行法二五条により「当分ノ内刑法施行前ト同一ノ効力ヲ有ス」とされているが、右施行法は、太政官布告等を救済するための経過的措置であつて、明治二二年に旧憲法第七六条により旧刑法は遵由の効力を有するとされてはいたものの、現行刑法施行後すでに六八年を経て、現在は民意にもとづき制定された他の法律と全く権衡を失するばかりでなく、国権の最高機関である国会により議決された法律ではない。

3. 以上のとおり、旧刑法の右規定は憲法四一条に違反し、同法九八条一項により効力がなく、かかる旧刑法を有効なものとして適用した原判決は憲法三一条に違反する。

というのである。

二、よつて判断するに、旧刑法第二編、第四章、第九節「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」の各規定(二三三条ないし二三六条)は、明治一三年太政官布告第三六号によつて制定されたもので、当時、民意を反映すべき国会等の制度はなく、その関与なしに成立したものであることは所論のとおりである。しかし、この規定は、明治二二年に旧憲法が制定されたとき、その七六条により「法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス」とされて、同憲法下における有効な法律として認められ、明治四一年一〇月現行刑法が施行され、旧刑法が廃止された際にも、刑法施行法二五条一項により、旧刑法第二編第四章第九節の規定は「当分ノ内刑法施行前ト同一ノ効力ヲ有ス」とされてその効力が維持され、昭和二二年五月現行憲法が施行されるに当り、その九八条において「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」とされ、従前の刑法規定のうち、現行憲法に反する条規の部分は、国会により刑法改正という手続を経てすべて削除され、その際、刑法施行法も同旨の改正手続が履まれたが、旧刑法の公選の投票を偽造する罪の各規定が当分のうち効力を有するとした刑法施行法二五条一項は、改正後の同法のその余の部分及び現行刑法の各規定とともにそのまま有効な法律として存置されたのである。そうとすれば、旧刑法の右各規定は、その制定の当初において、国会の議決を経ていないとはいえ、現行憲法の制定及びこれに反する条規廃止のための刑法等改正手続を通じ、国会の審議を経たうえ、同憲法に反しない有効な法律として黙示的に認証されたものと解される(最高裁判所昭和二四年四月六日大法廷判決、刑集三巻四号四五六頁。同昭和四五年一二月一五日第三小法廷判決、刑集二四巻一三号一七三八頁各参照)。

たしかに、太政官布告により制定された旧刑法の右各規定が、刑法施行法の経過的規定により「当分ノ内効力ヲ有ス」とされたまま、現行憲法下においても、国会で議決された他の法律とともに、その有効性を保たしめられるという法の形態には疑問があり、旧刑法の公選の投票を偽造する罪に関する諸規定を適用して処罰すべき公選の投票については、農業委員等に関する法律に定める同委員の選挙や漁業法に定める海区漁業調整委員会の委員の選挙について、右各法律に規定されている如く、公職選挙法の所要罰則を準用するなどして、その処罰の明確を期すとともに、旧刑法の右規定は、これを廃止するのが望ましいところであるが、これが現行憲法下においても法律としての効力を有することは前示のとおりで、しかも、現に社会的活動をしている多数の公的法人の役員や公的委員会の委員等の選挙について、公職選拳法の罰則の適用あるいは準用がなく、旧刑法の公選の投票に関する各規定が適用されるべき場合がいまなお相当あるものと解されるのであつて、その実質的存在理由もいまだ充分に認められるところである。

原判決に所論の如き憲法違反はなく、本論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(法令の解釈・適用の誤りの主張)について

一、所論は要するに、農業共済組合は、農業経営者の災害を救済することを目的とし、組合経費の一部が国の補助金によつて賄われ、その組合員に対して負う保険責任について政府の再保険に付され、また、組合費の徴収については、地方税の滞納処分の例によるなど公共的色彩はあるが、農業共済組合の組合員は、必ずしも強制加入ではなく、基本的には特定農民の災害について、組合員相互間で損害を補償し合う保険関係にあり、組合役員の選挙について一応の規定はあるが、農業委員会の委員の選挙や海区漁業調整委員会の委員の選挙の如く、都道府県、市町村の選挙管理委員会の管理には属しないし、役員の涜職罪の規定もないことからすると、同組合は、農業委員会、海区漁業調整委員会、土地改良区などと異なり、むしろ任意団体である農業協同組合や森林組合に近い性質の私的な団体というべきである。本件農業共済組合を公法人とし、その事務は公務であるから、組合総代は法令により公務に従事するものとして、本件総代選挙は、旧刑法にいわゆる「公選」に当るとした原判決には、法律の解釈、適用を誤り罪刑法定主義の原則に反した違法があり、破棄さるべきである、というのである。

二、よつて、以下右所論について判断する。

(一)、旧刑法第二編第四章第九節「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」二三三条ないし二三六条の規定が適用される公選とは、一般に法令により公務に従事する者の選挙を指すものと解されているところ、旧刑法の右各規定に相当する罰則を定めている公職選挙法が、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に適用され、また、農業委員会等に関する法律あるいは漁業法において、農業委員会の委員の選挙あるいは海区漁業調整委員会の委員の選挙に公職選拳法のこれら各罰則規定がそれぞれ準用されている趣旨に照らすと、旧刑法の右各規定にいう公選とは、その被選挙者の行うべき事務が、国又は地方公共団体の事務若しくはこれに準ずべき事務であつて、これらの者の選挙に、直接、公職選挙法の右各罰則が適用あるいは準用はされないが、その公共性からして、これらの各選挙と同様に処罰するのを相当とする公的な選挙を指すものと解すべきである。

(二)、そこで、右の見地から、本件五所川原市農業共済組合の総代選挙が、旧刑法に定める公選の投票に当るか否かを検討する。

1. 本件五所川原市農業共済組合が、農業災害補償法(昭和二二年法律第一八五号。)の制定にともない、同法の規定する農作物共済、蚕繭共済、家畜共済、果樹共済等の各種共済事業を行うため、五所川原市(大字小曲を除く。)を対象区域として設立された、同法の定める法人であることは記録上明らかである。

2. ところで農業災害補償制度は昭和五、六年の冷害及び風水害による深刻な農業恐慌と、これを原因とする五・一五事件及び二・二六事件等のあいつぐ動乱や小作争議の勃発などの社会不安を契機とし、農家の救済とこれによる社会不安の除去を目的として、昭和一三年に制定された農業保険法による農業保険に始まり(ただし家畜保険のみは昭和四年から実施されていた。)、戦後、農村の民主化のため施行された自作農創設特別措置法の実効性を確保する趣旨も加え、昭和二二年に現行農業災害補償法が制定され、その後、累次の改正整備を経て今日に至つたものであつて、同法の直接の目的とするところは、農業者が不慮の事故によつて受ける損失を補填して農業経営の安定を図り、農業生産力の発展に資する(同法一条。以下、同法については条項のみを掲記する。)ことにあるが、同制度は、単に農業経営の安定と農業生産力の発展のみを目的とするものではなく、これを通じ、農村の民主化を図るとともに社会的不安を防止するという国家的政策の実現にあるというべく、このことは、同制度の前示沿革や農業共済の組織事業の内容及び国家財政による負担補助等について、農業災害補償法及びその関連法規が次のように規定していることから充分に認められるところである。

(1)、農業災害補償事業とは、市町村を区域として設立される農業共済組合(本件組合はこれに当る。)又は市町村が行う農作物共済、蚕繭共済、家畜共済、果樹共済等の各種共済事業と、都道府県を区域として設立される農業共済組合連合会の行う保険事業及び政府の行う再保険事業をいうところ(二条、五条、八三条)、各農家に対する共済事業を直接行う農業共済組合は、組合員資格を有する者の発起により、行政庁の認可を受けて設立される法人で、建前は法により設立を強制されるものではないが、組合が設立されれば、その当該地域の農業者は、副業等に農業を営む小規模農家を除きすべて強制加入とされ、その組合員資格、組合設立の手続、組合定款の記載事項、組合員総会の決議事項、役員及び総代の選挙手続とこれらの者の権限ならびにこれによる組合の管理については詳細な規定がなされ(一五条ないし四五条の二)、組合が、その共済事業を行うについては、共済目的の損害防止のため、組合員に対し、指導や各種指示のほか立入調査ができ(九四条ないし九七条)、組合員の共済掛金等の滞納に際しては、組合において、市町村に対しその徴収を請求でき、市町村は、地方税の滞納処分の例によりこれを徴収し、その徴収金の先取特権の順位は国税及び地方税に次ぐものとされ(八七条の二)、一方、行政庁は組合に対し、その業務及び会計に関し報告を徴取するほか、定期的に検査をし、法令に違反する場合、必要な措置を命じ、これに反するときは役員の改選を命じあるいはこれを解任し、右命令に違反したときは組合の解散を命ずることができ、また、組合の決議、選挙及びその当選の取消もできる(一四二条の二ないし七)など強力な監督権を有している。

(2)、また、農作物共済、蚕繭共済、家畜共済等の必須共済事業は、元来、農業共済組合がこれを行うべきものとされているが、組合の規模が小さくてその業務執行が困難な場合や適正な運営がなされていない場合など政令の定める特別の事由のある場合に、農業共済組合は、その区域に当る市町村に対し、市町村自体が農作物共済、蚕繭共済等の共済事業を行うよう申出ることができ、市町村が都道府県知事の認可を受けてこれを行うこととなつたときは、普通地方公共団体たる市町村が、それまで農業共済組合の行つていた家畜及び任意共済を除く各種共済事業をそのまま引継ぎ、その以後は、市町村が、地方公共団体の一業務として農業共済事業を行うこととなり、その場合には、その市町村の議会が条例により実施すべき事業内容等を定め、その首長がこれを実施する。(八五条の二ないし同条の八)。そして、全国において農業共済事業を営む市町村の数は、本件選挙の施行された昭和四九年度において一、一七一市町村、昭和五二年度において一、一七七市町村であつて、その構成比率は昭和四九年が市町村営四五・六%に対し農業共済組合五四・四%、昭和五二年度が市町村営四九・六%に対し農業共済組合五〇・四%となつている(農林省農林経済局保険管理課長名義の昭和五二年九月一四日付回答書)。

(3)、次に、農業共済は、農作物、蚕繭、家畜等の各共済目的について、法八四条の定める各共済事故の発生した場合、その共済事業を行う農業共済組合や市町村が組合員に対し共済金を交付することにより実施されるが、その共済資金は、各組合員の共済掛金と政府の負担する共済掛金によつて第一次的に賄われるところ、その政府負担率は、共済目的によつて異なるものの、農作物共済に例をとれば、五〇%ないし八〇%であつて、特に、異常災害における共済掛金は、実質上政府が殆んどこれを負担することとなる(一二条ないし一三条の三)うえ、農業共済組合等がその組合員に対して負う共済責任は、農業共済組合連合会がこれを保険し(一二一条)、連合会の組合等に対して負う保険責任は、さらに政府の再保険に付される(一三三条)ところ、政府の再保険による保険金が国庫により賄われることはいうまでもないし、農業共済組合連合会が支払うべき保険金の資金にあてるため、特殊法人農業共済基金が設けられているが、その資本金の半額は政府の出資であつて(農業共済基金法五条)、結局、共済事故のうち災害率の軽度な通常災害の共済金については、各組合員の共済掛金と政府負担金によつて賄われるが、災害率の高い異常災害及び超異常災害については、その共済金の殆んどが国庫から各組合員に交付される仕組みとなつている。

そして、なお、農業共済組合及び農業共済組合連合会の役職員(共済事業を行う市町村にあつては、共済事業に関する事務に従事する吏員その他の職員。)の給料、手当及び旅費、事務所費、会議費その他組合等の行う共済事業及び保険事業に関する事務の執行に必要な費用は国庫が負担する(一四条、同法施行令一条の三)。

(4)、また右のほか、農業災害補償に関する書類については、印紙税が課されない(一一条)し、都道府県民税、市町村民税、法人事業税が組合に対し非課税とされる(地方税法二五条一項二号、二九六条一項二号、七二条の五、一項四号)など、農業共済組合について税法上の特例が設けられていることも、同組合の公共性を示すものと解される。

(三)、そして、以上の事実からすると、農業共済事業は、本来、国の行うべき農業政策、社会政策に属する国の事業であつて、その各種共済事業を行う市町村が地方公共団体であることはいうまでもないが、農業共済組合も市町村と同じく国にかわり同種の共済事業を行うものとして、市町村に準ずべき公共的団体であり、その役職員は法令により、市町村の首長、議会議員あるいは職員に準ずる公的業務に従事する者と解するのを相当とする。

(四)、次に、農業共済組合は役員として理事及び監事を置き、組合員が総会において無記名投票によりこれを選挙する(三一条)が、定款の定めるところにより総会にかわるべき総代会を設けることができ、総代会には総会の規定、総代には組合役員に関する選挙等の規定が準用される(四五条の二)ところ、法三〇条に則つて作成された本件五所川原市農業共済組合定款(当庁昭和五二年押第一〇号の三六)によれば、本組合には総代会を設け、これを構成する総代の定数は八〇名で、組合員が総会又は総会外で組合員のうちから選挙し、総代会は総会に代わつて、(1) 定款の変更、(2) 毎事業年度の事業計画の設定及び変更、(3) 事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書及び剰余金処分案又は不足金処理案、(4) 合併、(5) 役員報酬、(6) 清算人の選任、(7) 解散による財産処分の方法又は決算報告書の承認に関する各議決を行い、そのほか総代は組合役員の選挙権を有する(定款一四条、一五条、一八条)ことと定められ、右定款附属書の五所川原市農業共済組合役員・総代選挙規程によれば、総代の選挙は、同組合の区域を一〇区に分けて各選挙区ごとに組合員が無記名投票でこれを行い、組合長は理事会の議決により、選挙管理者、投票管理者及び開票管理者並びに選挙等各立会人を指名し、右各管理者は選挙終了後遅滞なく、それぞれの担当したところにしたがい選挙録、投票録及び開票録を作成し、選挙録には当選人等の名簿、投票録には投票者名簿、開票録には有効・無効を区別した投票用紙を添えて組合に提出する旨定められている(同規程三条、八条、九条、一〇条、一一条、一二条)。そして、本件総代選挙が農業災害補償法及びこれに則つて作成された右組合の定款並びに選挙規程にしたがつてなされたものであることは記録上明らかである。

(五)、以上認定の農業共済組合の性格、組合における総代の職務内容及びその選挙手続に照らすと、本件五所川原市農業共済組合における本件総代選挙は、旧刑法第二編、第四章、第九節「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」の各条に定める「公選ノ投票」に当ると解するのが相当である。本件について、右各法条を適用した原判決に、所論の法令の解釈・適用の誤りはなく、本論旨もまた理由がない。

よつて、刑訴法三九六条にしたがい、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野口喜藏 裁判官 吉本俊雄 裁判官 西村尤克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例